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〔無罪〕

無罪とは、公判の審理の結果、被告事件が罪とならなかったり、被告事件についての犯罪の証明がなかったりした場合に言い渡される判決のことです。被告人は、逮捕・勾留を経るなどして裁判に臨み、最終的に無罪判決を受けているのですから、その間の身体拘束や世間・社会からまるで犯罪者のように扱われることは、被告人に対する大きな人権侵害となります。そこで、無罪判決が確定した被告人は刑事補償を受けることができることが刑事補償法で定められています。
刑事補償とは、無罪の裁判を受けた者またはそれと同等の者が、未決の抑留・拘禁を受けた時などに、国が請求によって補償することをいいます。要は、結果的に無罪であったのに国家によって強制的な抑留や拘禁を受けてしまったことについて、補償を受けることができる制度です。
検察官が起訴か不起訴か決める裁量権を持つという起訴便宜主義を採用している日本では、ある程度有罪であるという公算が高くなければ、検察官は被疑者を起訴しません。そのため、一度起訴されたら、被告人の有罪率は9割を超えるといわれています。しかし、1割は無罪を勝ち取るケースがあるのです。
〔えん罪〕

冤罪(えんざい)とは、罪がないのに、疑いを受けたり、無実の罪で有罪判決を受けたりしてしまうことをいいます。「冤罪」自体は法律上の用語ではありません。
同じえん罪でも、罪がないのに疑いを受け、最終的には無罪判決を受けられる場合はまだましですが、罪がないのに有罪の判決を受けてしまう場合の冤罪が、最も深刻です。被告人は、さながら犯罪者のような扱いを受けるばかりか、最終的にもまさに犯罪者として服役しなければならないことになります。
被告人も人間なら、弁護人も検察官も裁判官も人間です。間違うことはあります。しかし、裁判官らの間違いによって無実の被告人の人生が取り返しのつかない損失を被ることになるのは、なんとしても避けなくてはなりません。そのための原則が「疑わしきは被告人を罰せず」です。これは、被告人が黒か白かはっきりせずグレーならば、その被告人は無罪となるという原則です。この原則をつらぬけば、「本当は有罪なのに釈放される」人が出てくる可能性があります。しかし「本当は無罪なのに収監される」人が出てくる事態をなんとしても避けるためには、それもやむを得ないと日本の刑事司法は考えていることになります。
実際は、その原則を適用していても、冤罪が生じてしまっていることは否定できず、冤罪を少しでも少なく、できることなら完全に防ぐことが、現代刑事司法の重要課題といえます。
それでもボクはやってない
変更中のため近日再度公開予定
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